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気持ちを話すこと、話しあえること

 私は子どもが歳と歳のときに夫を自死で亡くしました。変わり果てた

夫を発見してから葬式が終わるまで、自分に起きた出来事が信じがたく、

周りの世界が分厚いガラスを隔てたように感じていました。声に出して

泣くことができたのは、お骨となった夫と自宅で二人きりになったときでした。

 自責は耐え難いものでした。しかし、同じ経験をしたかたと出会い、

お話を重ねていくうちに孤独が薄れ、気持ちの整理がついてきて、

仕方がなかったのだと思えるようになりました。

 また、あしなが育英会主催の遺児のつどいで、夫を亡くしひとりで

子どもを育てているお母さんたちと出会い、語り合うことが、大きな励ましに

なりました。

 つらい気持ちを言葉にだすことは、大事なことだと思います。

 子どもたちは、何事もなかったように過ごしていました。でも遺児の

つどいでは、競い合うように話したそうです。

 そして同じ体験をした子どもと出会えて、ひとりではないと思えたようです。

 子どもにとっても、話したいときに話せる場は必要だと思いました。

父との死別

ボランティアスタッフのTOMです。

私は6歳の時に父を亡くしました。アルコールが原因の肝硬変でした。
父が亡くなり病院から自宅に戻ってきたとき、母は私に「パパ帰ってきたよ」と私に
言いました。その時私は「パパいつ起きるの?」と母にたずねていました。
まわりの親戚は長男の私に「お父さんがいないんだから、お前がお母さんを守れ」と
言いました。もちろん悪気などなく励ましの言葉だったと思います。
それから大人になるまで、父を意識することも無く、居ないのが当たり前と思っていました。
しかし、心の中では父を恨んでいました。「酒におぼれて、母と兄弟をのこしていった
勝手で弱い父」と。その思いは知らず知らずのうちに、大人の男性に対する関わりに
反映していきました。教師のくせに、上司のくせにと、大人の男性の理想と現実を比べ
責めていました。先生とけんかしたり、上司を批判し会社をクビになったりした事もあります。
でもそれは後から気づいた事。40歳のころあるカウンセラーとの出会いをきっかけに
気づき変化していきました。そして私は今、カウンセラーとして歩み始めています。
今だから言える事ですが、問題があったからこそ、それと向き合い、その経験が
誰かの役に立つとカウンセラーと言う人生を選ぶこととなりました。私の場合は
ずいぶん時間がかかりました。

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